労使共に好都合な速読法による能力開発

速読というもの眉唾的に見ている人も多いが、逆に速読を信じている人は過剰な期待を抱いていて、

速読能力を身につけたら自分を取り巻く世界が一変するぐらいに思っています。はっきり申し上げてその期待は完全に裏切られます。

本人の自覚は以前と全く変わらずただ時間で単位時間あたりの読書能力を測定したり、まだ速読を身につけていない人と並んで同じ文献を読んだりした時に、

自分が速くなっているということを悟るだけです。

しかしそういう状態でしか上達しないからこそ労働者にとっても経営陣にとっても共に都合なのです。

なぜ好都合なのかと言うと労働者本人は自覚としては全く以前と同じ力の入れ方同じ熱心され仕事業務をこなしているだけだからです。

だから結果として単位時間当たりのやりこなす仕事量を業務量が増えても特に労働強化されたというような苦痛の近くが起きてこないのです。

むしろ以前並みのペースで仕事をしようとすると遅すぎる苦痛が生じます。

遅すぎる苦痛、というのはピンとこないかもしれないが例えばあなたが今自宅の一室で本を読んでいると仮定しましょう。

そして来客があって外から呼ばれてて行こうとします。どんなに広い部屋だったとしても3秒から5秒もあれば出られるでしょう。

ところがこの時に5分かけて部屋を出てくださいと注文をつけられたらどうでしょうか?

それが遅すぎる苦痛で人間には自分の能力に応じた最も楽なペースというものがありそれを上回っても下回っても苦痛もしくは疲労が生じます。

苗字た最も楽なペースを底上げして以前の何倍何十倍にも向上させるのがジョイント速読法なのです。

具体的にはどのような実例があるかと言うと例えば銀行印というのは花形職種の一つですが、

実態は処理すべき事務書類が多く窓口を閉じてからも残業残業でおいまくられます。

ところが速読を身につけた銀行員は通常の業務時間の間で自分の処理すべき業務が終わってしまって、残業する必要がなくなってしまいます。

ちょっと変わったところでは、研究機関に勤務している医師が、顕微鏡で菌を検出する作業が非常に早くなり、以前の1/10くらいの時間で済むようになったという実例があります。

速読を会社ぐるみで取り入れれば生産効率がアップするし、個人的に取得した場合には他の社員との間で能力に大きな差をつけられるので、

入社同期生の中で一人だけ上司から認められどんどん昇進していくということになります。

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