これまでと同じ事をやって時間の経過だけが違うそれが速読方だ

速読方法を習得した後皆さんにはこれまでと全く同じように全部の文字、全部の文章をちゃんと理解しながら読んでいただく。

速読だから無理をして早く読まなければというように考えて力んで読む必要は一切ありません。

力んで呼んだらそのぶん強いストレスが襲ってくるから、 すぐに疲れて最初だけは作業効率が上がりますが、

後に行くにしたがってミスが増え、全体的に見ればよいのかどうかわからないということになりかねません。

それでは何の意味もありません。完全に自然体に構え、これまでと全く同じ調子で読んで、

読み終えた後で時計を見たら、1時間ぐらい読んだ感覚でいたのに、20分しか経過していなかったとか、

10分しか経過していなかったと言った状態を作り出すのがジョイント速読法なのです。

SF などを読むと自分と他人で時間の流れるスピードを変え相手が一つの事しかできないでいるうちに、

自分は三つも四つも仕事をやりこなしてしまって勝つというような話があります。特にタイムパトロールがテーマの作品に、

そのような時間流の変更装置が登場することがありますが空想の世界でなしにジョイント速読法による潜在能力の活性化によって

そういった時間間隔の狂った状態が生まれるのです。

どうしてそのような状態時間に対する感覚が狂った状態が、速読の訓練によって作り出されるかと言うと例えば皆さんは、

幼稚園もしくは保育園時代に運動会で一生懸命に走ったことがあるだろうと思います。

そして小学校中学校高校でも同じように運動会で一生懸命に走りました。 本人が感じるその一生懸命さの度合いは、
幼稚園時代も高校時代も全く同じはずでしたが100 M のタイムが一緒かと言うと当然の話段違いに高校時代の方が早くなっているのです。

このように人間は基礎体力に関する部分で能力が向上した時には、何か客観的な比較の対象がないとそれを明確に自覚することができないという性質があります。

速読法の訓練によって単位時間当たりの情報処理能力がました場合も、この短距離走と同じで、時計という客観的な比較の対象がないとそのことを現実として自覚することができないのです。

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